任売(にんばい)。言葉は聞いたことがあるんじゃないでしょうか。正確に書くと任意売却のことです。
住宅ローンなどの融資をうけて住宅を購入した場合、住宅ローンがどうしても支払えなくなってしまったときに、住宅を売却して返済原資とすることがあります。この家を売却する手続きのことを任意売却と言います。
不動産競売とは、同じようにローンの返済が難しくなったときに債権者が抵当権を実行することによって、裁判所の管理の下で住宅を売却することを言います。
まず任意での売却を試みて、なかなか売れなさそうなら債権者主導のもとで競売の手続きに入るという手順が一般的には多いと思います。
任意売却をすすめるサイトがたくさんある理由
任意売却という単語で検索すると、任意売却をすすめるサイトがたくさん出てきます。なぜでしょうか?
これは簡単なことで、任意売却をすると不動産屋がお金になるからです。3000万円の住宅の仲介をすれば、片手で180万円近くの仲介手数料を不動産業者は手にすることができます。もちろん支払うのはローンに困っている債務者・所有者です。競売ではなく、任意売却をすすめるサイトが多いのはこれが理由です。
そのためサイトの運営会社を見てみると、十中八九不動産業者が絡んでいます。後は弁護士でしょうか。
任意売却のときに、生活費や引っ越し代を支払います!などと宣伝している任意売却業者もいますが、別に業者が支払ってくれる訳でありません。支払った報酬の中から引っ越し代という名目でお金を戻してくれているだけです。仲介手数料って高額ですからね。10万20万の引っ越し代を支払っても痛くも痒くもないということでしょう。
任意売却のメリットは正しいのか?
任意売却を説明したサイトにまず書かれていることは、任意売却のメリットです。任意売却のメリット、逆にいえば競売のデメリットとしては、「競売での売却では実際の市場価値よりも安い値段でしか売れない」ということが多くのサイトに書かれています。
競売の手続きの中では「評価書」が作成されます。評価書は裁判所に選任された評価人が調査・作成するものですが、多くは不動産鑑定士の資格を有しています。
そこで、評価書を読み解くことによって競売は本当に安くしか売れないのかを検証していきたいと思います。
評価書
評価書を含む3点セットは不動産競売物件情報サイト(BIT)にて公表されているので、その評価書を用いて説明していきたいと思います。
評価額
評価書の1ページ目にはまず、その不動産の評価額が記載されています。この物件でいえば約3500万円ですね。
内訳価格も記載されていますが、ここはちょっとしたからくりがあります。土地の価格は単純な土地価格ではなく、建物の価格は単純な建物価格が記載されているわけではありません。これについては以前書いたので参考にしてください。
参考 競売物件は土地が安く、建物が高い?の疑問に答えてみます。
評価額の判定
さらに読み進めていくと、物件の概要が書かれており、その後評価額を判定しているページが出てきます。
表の右下の数字が最終的な評価額(約3500万円)ですね。
ここで注目してほしいのは競売市場性修正として0.7が乗じられていることです。この競売市場性修正をする前は、一般的な市場価値(任売で売るのと同じ価格)ですが、競売市場性修正という項目で5割~7割に評価額を下げてしまいます。
競売市場性修正:不動産競売市場の特殊性等を考慮した修正
0.7を乗じる前の市場価格では5,012万円なので、評価額3,508万円では1500万円も安くなってしまいます。競売で売却するとやっぱり安くなってしまうじゃないか!という声が聞こえてきそうですね。
もう少し説明しますので今しばらくお付き合いください。
評価額は売却価格ではない
評価人の判定した評価額は売却価格ではありません。3500万円と評価したからといってその金額で売却されてしまうっていうことじゃないんですよね。
評価額は売却基準価額といって、競売に付す際の参考価格なんです。もう少し詳しく説明すると売却基準価額の0.8水準は買受可能価額といって、これ以下の金額では売りませんよ。という金額になります。
評価人は債務者(所有者)の財産の不当廉売を防止するため財産権を侵害しないような役割も担っているんです。
先ほど説明した競売市場修正だけを見て、任売をすすめるサイトは「市場価格よりも7割でしか売れない!」「競売で売ると安い!」と叫ぶわけです。でもその金額は単なる目安でしかないんです。
実際の売却価格はいかほど?
競売物件がいくらで売却されたかは、先ほど紹介した不動産競売物件情報サイトに記載されています。
では実際のデータを見てみましょう。所在地はマスキングしました。
売却基準価額と売却価額に注目してください。売却基準価額は市場価格の7割水準なので、逆に考えると売却基準価額の+42%(1.42倍)をすると市場価格となります。
実際に売れた売却価額を見てみると、売却基準価額よりもかなり高い水準で売れていることが分かります。一番下のものについていえば、2倍以上の金額で売れています。
つまりは、競売で売却された物件は安くない。競売でも高く売れる。ということなんです。
全国競売評価ネットワーク
評価人の組織に全国競売評価ネットワークというものがありますが、そこで発行している統計分析に売却価額と売却基準価額の乖離(買増率と言います)を分析したものがあります。
平成25年度の分析でいうと買増率は戸建て物件は157.8%、マンションは163.0%となっています。
このデータからも競売でも高く売れることが立証されていますね。
まとめ
債権者である金融機関やサービサーでも競売で売却すると安くしか売れないから回収金額が下がってしまう。なるべく任意売却で売りたい。と考えている方がいまだに多くいます。
確かに昔はそうだったかもしれません。
競売といえば、変な占有者がいて実際に買ったとしても問題だらけ。一般の不動産屋には手を出せない市場なので参加するのは競売専門の特殊な業者だけ。結果安くしか売れない。
でも今は悪質な占有はほとんどありません。入札参加者も増えて東京都内であれば2桁の応札があることも珍しくありません。専門の競売不動産業者だけではなく、一般の不動産業者や個人の方も競売物件を買おうと参加しています。
入札という形式なので、一番高い金額で札を入れた人が落札されますので、評価する側の人間が思っていた金額よりもかなり高い金額で落札されるケースも多々あります。
競売が増えることが望ましい。とは思いませんが、正確な知識を得て競売か任売か、どちらを選択するのかを決めてもらえればと思います。
参考 不動産競売事件が減っている。司法統計のデータをまとめてみた。
少なくとも競売は安いから任売で!などというセールストークに騙されて高い仲介手数料を支払うことのないよう気を付けたいですね。
色々なデータはこちらの書籍にもまとめられています。